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12月07日(木)

働くおじさん。 

昨日はまたまた帰宅は午前様で12時半。
で、そこからペーパー3つとプレゼンの準備。
速攻で終わらせて2時半就寝。
上出来上出来。

昨日はですねぇ、いろいろあったんスよ。

まず8時半から病院実習。
前回のベトナム人の医者はおらず、別の医者に付くことになったが、
今度は中国人。
なぜか俺はアジア人に当たるようです。
いい人でした。
患者が処方箋に関して見え見えの嘘を付き、その医者はカンカン。
声を荒立て、
『俺はあんたの言ってることは信じない。その薬は処方しない!』
と。
看護婦さんも目を丸くして驚いてました。
普段は全くそんなことのない穏やかな人だそうで。

昼に家に帰ってペーパーワークとプレゼンの準備。
意外とはかどった。
で、日本語のチューターをするため図書館へ行くもスッポかされ。
で家に戻ってペーパーの続き。
時間を有効に使うってこういうことを言うんだなって思った。
なるほど。

で、5時から救急車の乗務実習。
派出所に付く直前に救急車とすれ違い、しばし待ちぼうけ。
で、隊員が帰ってきて、救急車の説明をしてもらう。
業務についても丁寧に教えてくれた。
20分ぐらいしたら胸の痛みを訴えて歩けなくなった患者がいると電話が入る。
救急車に乗り込んで出動。
僕は後ろの治療室にいたのですが、サイレン鳴らしてかっ飛ばす救急車、
あぶねぇあぶねぇ。
猫バスに乗ったさつきはそんな気分だったのだろうか。
“木が避けてる~”ってね。

ともあれ、現場に到着、意識はあったので本人と家族から問診。
その場でバイタルサインの確認。
特に以上なし。
ストレッチャーに乗っけて救急車の中へ。
心電図、血圧、脈拍の確認。
酸素マスク、血管弛緩剤、IV。
揺れる救急車の中での注射は難しそうだった。

到着してER(救急救命室)に運んでナースに患者を引き渡して、
書類のやりとりをして救急隊員の任務は終了。
帰りに救急の情報管理センターにつれてってもらった。
街の救急車の状況がGPSなどで一目で把握できる。
が、そこまで緊迫した様子ではなく、
ジャンクフードを食べながらおしゃべりして電話を待つ感じで。

で、救急車にガソリン入れてwhatabargerに寄って派出所へ戻る。

平日のど真ん中ということもあって、僕がいる間の電話はこの一件だけでした。

で、派出所で隊員の話を聞く。
『なんで救急救命士になろうと思ったんですか?』
の質問からすべては始まった。

「Yoshi、それを俺に聞くかい。いいだろう、聞かせてやる。」

この道19年のベテラン救命士は語りだした。
30分は続いただろうか。
なんだかドラマが一本作れそうなぐらいいろんなことのあるストーリーだった。
実はとは思えないぐらいいろんなことが。
聞いてる途中で泣きそうになったもんね。
いい話だった。

これは是非お伝えしたいので期末試験が終わった頃にでも
このブログに掲載します。

業務を終えて思ったのは、、、

“救急救命士かっちょえーーー!!!”

影響されやすい自分ではありますが、めっちゃカッコイイあの職業。
一度考えたことあったもんね。
ってか今でも考えてるけど。
将来の選択肢の一つ。

でもね、思ったのは英語もっと上手くしゃべれねーとダメだなってこと。
一刻を争う中での聞き取りづらい無線連絡。
しかも事態が事態なもんでコミュニケーションのスピードも自然と上がる。
英語が下手糞だと出来んわな。
その道に進むかどうかに関わらず英語は上手くなりたいもんです。

で、9時に終わって日本人の人の家に。
夕食(豚カツ、豚汁、緑茶、白米、枝豆)を頂き、映画鑑賞。
終わったら12時だった。

で、冒頭のようになったわけ。

長くなったので今日の話はまた明日。もしくは後で。
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