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11月03日(金)

Rome was not built in a day。 

昨日の出来事ですが、最近クラスに来てなかったクラスメートが、プログラムを辞めて帰郷したとのことを別のクラスメートから聞きました。

土曜日にフットボール観戦してたし、火曜日にバレーもソフトボールも一緒にプレーした。で、気がついたらもう町を出てた。

なんだよそれ。

そのクラスメートも同じ実習先なのに直前まで知らされなかったとのこと。仲のいいクラスメートだっただけに、辞めたことよりも、何も言わずに去っていったことが残念であると同時に憤りを感じる。理由は『I am not happy.』としか聞いてないらしい。このプログラムがきつかったのか、ATを目指すということが嫌になったのか、他にやりたいことがみつかったのか、それは分かりません。まぁそれでも半年を過ごした仲としてkeep in touchでいたいと思います。いずれにせよ、次の道を快く歩んでほしいものです。

さて、関連して、大学院のATプログラムは大学で別の畑だった人にとっては“賭け”なのかなという気がします。はっきり言ってATを職にするまでは楽な道じゃない。その道を選ぶことを20代中盤に決断するのは難しいのかも。だって大抵大学院って自分の専攻の分野の知識を深めるとことされてるでしょ。実習時間が定められてて膨大な時間を“タダ働き”することになる。加えて医学用語ガンガンの授業、課題、研究。ついでに言えば将来の職が保障される道でもない。それなりの覚悟と意思がないとやっていけないでしょう。

と、偉そうな口を叩いているが、それが正直な感想。

それともう一つ。大学院の同級生に別の畑から来た人は5人ほど。スポーツ科学、スポーツ医学、に触れるのが初めてという人たち。で、うちの大学院のプログラムは2年。つまり、2年でATCとなりアスレチックトレーナーとして働くことができちゃうのである。それだけ十分なカリキュラムだということも出来ないことはないが、ちょっと無理があるような気もする。さすがに短い。ローテーションだって4つだけ。加えてアメリカ人という人種。(←you know what this means)物理的には、ATCにはなれるかもしれないが…。あ、もちろん、その期間で一人前のATになることが無理だと言ってるわけではないですよ。それはホント個人次第だと思うので。

と、まぁATCでもないヒヨっ子の自分がこんなこと言える立場にないことは分かっていますが、最近そんなことを思いました。

NATAはすべてのATプログラムを大学院に以降するような動きを試みてるようですが、そうであるならば、pre-PT→PT、pre-nursing→Nursing、pre-Med→Med schoolというような流れがないと、上記のようなことが懸念されるのではないかと思っています。

ちょっと話は逸れますが、僕が事実上ATの道を歩み始めたのはPittのツアーに行ったときでした(厳密に言えば大学進学時ということになるのだが)。で、その時に知り合った方々、またはその前後に知り合った方々に近況の連絡をすることがしばしばあって、先日、今年の年末年始は帰国しない旨を伝える連絡をしたときにふと思いました。

当時に比べたら今はだいぶ成長した位置にいるということ。もちろん今でさえ一人前のATには程遠い位置にいることを承知で言いますが、あの頃に比べたらかなりの知識と経験を手に入れたと実感しています。

上記のことと関連させますと、ATに触れてからATという職業を知るのに2年ぐらいはかかりました。今でこそ自分の中でのAT像が描かれてますが、それもまだ完成形ではない気がして、これからもまだまだ変化を遂げるのかもしれません。それがここではATという畑に足を踏み入れて2ヶ月で現場に出て、1年半で国家試験という流れなわけです。自分がその立場だったらまず無理だろうなというのが正直なところ。

話を戻しまして、僕がこの道に足を踏み入れて以降、3年半の月日が流れる間にいろんなことを経験し、学びました。たった今数えたらまだ3年半しか経ってないんですね。もっと長く経験してる人は五萬といるわけで、たかが3年半の自分がこんなこと口にするのは100万年早いと言われるかもしれませんね。しかしながら、その知識と経験は大きな財産となり今に至るわけです。AT教育が確立されてない日本の学術機関とはいえ、それでも今大学院の授業を受けてて思うことは、そこで得たものも間違いなく財産となっているということ。

話をもっと戻しまして、今の大学院のクラスにはAT経験者とそうでない人がいて、後者は前者の知識と経験を羨ましがるというか、自分が持っていないものを僻むことがしばしばあります。それを見聞きして思うのは、やはりここに書いたこと。瞬時に何もせずに手に入れたものではないということ。それをわかっていただきたい。

偉そうなことを散々書きましたが、こうして自分の成長が実感できるということはいいことだと思います。たまには素直に自分を認めてあげさせてください。

かくいう自分もまだまだ先は長く、まだこの畑に足を踏み入れた地点からゴールまでは半分も過ぎてないのかなと思うぐらい。知らないことが多すぎる。が、ゆえに楽しい。とりあえず短期目標の1年半後が楽しみだ。

もちろん、周りの人の支え、特に家族の支えがあってこそ今の自分がいることには日々感謝しております。友人、後輩、先輩、恋人(現在は募集中)、そして家族へ、この場を借りてお礼を述べたいと思います。
ありがとうございます。
まだまだ未熟者なものでこれからもお世話になりますが、今後とも暖かく見守ってやってください。

追伸:冬休みの居場所が確定したので報告します。
年明けにPBATSのカンファレンスに参加するのでSan Diegoに行きます。アイスホッケー関連でインターンを考えていて、NHLやECHLなど数件のオファーをいただきましたが、いろいろ考えて相談もした結果、PBATSを優先することにし、それによって話をいただいたインターンは今回は見送ることにしました。一応San Diegoでもインターンを探しましたが、相手側の事情と自分の事情でちょっと無理そうなので、San Diegoに居る期間以外は今居る町のCHLアイスホッケーチームでインターンをさせていただくことになると思います。
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