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08月27日(日)

ありがとうPOCO。 

下記と同じ今日の出来事ですが、別記事にします。

今日の午後4時23分、母親からメールが届きました。

『ポコが今天国に旅立ちました』

ポコとはうちの家族で飼っていた犬。数日前に急に衰弱してきたと聞いて覚悟はしていましたが、今日この世を去りました。

POCO(ポコ)=雑種(ポメラニアン&スピッツ)、享年16歳3ヶ月。

この15歳という年齢、人間で言うところの80~90歳ほどに相当します。死因はおそらく老衰。

僕が小学校2年の夏8月24日、保健所から安い値段で引き取ってきました。小さな犬で鼻が丸くて黒い犬。目はまん丸。

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名前は帰りの車の中、姉の何の根拠もないピンと思い浮かんだものでポコに決定。帰りの車の中で酔ってしまい、2、3度吐いてしまいました。が、僕ら家族を驚かせたのが、なんとその犬、責任感が強いのか、はたまた僕ら新しい家族に申し訳ないと思ったのか、吐いたものを自分で食べて掃除するじゃありませんか。『気にしないで。食べなくていいよ。』って言ってもやめることはありませんでした。

はじめは鎖で家の庭につなげておきました。犬小屋も購入。その犬小屋でも彼女のきれい好きが発揮され、毎晩寝る前に掃除をしていました。両手両足を使ってカリカリカリカリと。その姿の滑稽さに家族みんなで笑ってましたが、それがまたきれいになるんです。犬小屋の床はほうきで掃いたように。

冬になると寒そうなので毛布を1、2枚犬小屋の中に敷いてあげました。すぐにずれてしまうのですが、彼女はそれも寝る前に自分で敷きなおしてから寝てました。

昼の居場所は専らタイヤの中。古くなった車のタイヤを置いたらそれにすっぽり丸くなってすっぽりはまり、昼寝はいつもその中で。それはそれはなんとも微笑ましい姿でした。

途中からつないである鎖を長くしてあげたのですが、庭にある木などによくからまっていたので、庭の両端にフェンスを設置して放し飼いにしました。行動範囲の広さと自由さにはじめは戸惑ってましたが、慣れればかなり気に入ったご様子で。

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趣味は日向ぼっこ。暇さえあれば日向で気持ちよさそうに寝てました。あとは蝶々やすずめと追いかけっこしたり。

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若いころは逃げることもしばしば。家のすぐ裏が林になっていて、たいていはそこらへんをうろちょろして30分~1時間ぐらいで帰ってきました。特にご飯の時間にはね。でも一度だけ一晩帰ってこなくて、夜探しに行ったけど見つからなくて、交通事故にでもあったんじゃないかってみんなで心配したんだけど、次の日の昼にはいつも通りに庭で寝てました。なんて気ままな子なのかしら、と、家族一同。

ご飯はドッグフードよりも味噌汁やふりかけをかけたご飯が好きで。おやつには小魚のにぼしとかパンも。ご飯の匂いがすると待ちきれなくてバタバタして。それでもお座りするまではあげないようにしていました。そのうち何も言わなくても勝手に座って待ってましたけどね。

これと言って出来る芸はお座り以外にはありませんでしたが、悪いことをしたときに叱ると、左手を“お手”のようにしてごめんなさいの合図。なかなか素直な子でした。悪いことは悪いって分かってたんですね。

花火の音が恐くて夏に打ち上げ花火が上がるときには、家の中で小さく丸まって非難。雷も恐がって同じ感じだったな。救急車には遠吠えで共鳴。誰か見知らぬ人が来ても吠えたり吠えなかったり。番犬の役目は果たせませんでした。

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台風や雷雨の激しいときは家の中に上げてあげました。で、いろんなもんを拝借しては口に入れ。それぞれに歯型がついてました。節分の時も家の中に入れて、巻いた豆の掃除役。フローリングの上で走ってすべってすってんころりんする姿もまた滑稽で。 

僕が所属してた少年野球のグラウンドにも散歩ついでに母親と共に訪れおとなしく練習や試合を見守っててくれました。散歩中に他の犬とすれ違うときは無視するか逃げるか。臆病者なのか気が座ってるのか。夏には近くに出来た公園で水に浸かるのも日課になってました。

散歩は当番制にしていたのですが、小学校のころなんかは散歩が面倒で嫌いなときもあり、散歩コースをショートカットしたりしたときもあったな。散歩コースでは便をする場所はほぼ毎日同じでした。犬はやっぱり頭がいいですね。喉が渇いたときは公園の湧き水か水道で喉を潤し。

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冬に大雪が降ったときに近くの小学校のグラウンドに連れて行ったときは、体半分雪に埋まりながらも走り回ってました。

姉が向けるカメラには、プライドが高いのか、そう簡単にいいショットは取らせてくれませんでした。それでもしょっちゅう被写体になり、結構迷惑がってましたね。寝てる時はシャッターチャンスでした。

これまでに大きな病気はなく、あえて言うなら蚤がつきやすくなったぐらいでしょうか。病気とは関係なくくしゃみはよくしてましたけどね。そのくしゃみがまたかわいくって。

でも数日前に家族からメールが来て、急に弱りだして、食欲もなくなったと。散歩コースも短くし、もう長くないかもとのこと。この前実家に帰ったときにこれが最後になるかなと一応の覚悟はしていたのですが、やっぱりまた今度帰るときも同じように家で会える気がして。すっかり家族の一員で彼女に会えるのも楽しみで。

でもそれはもう叶わぬ願いとなってしまいました。最後は家で家族みんなの前で息を引き取ったそうです。彼女自身も分かっていたのか、運良く単身赴任の父親も帰省中で。

僕は彼女の最後を見届けることは出来ませんでしたが、最後に取った写真を送ってもらい、その姿はいつも通りスヤスヤと寝てるだけのようでした。あまりにきれいで、あまりにかわいくて、また朝がきたら起きるんじゃないかなって。


死因は老衰とのことですが、交通事故などとは違って、静かに安らかに自分の体をきれいに残して旅立っていったのは、最後までおりこうさんだったんだと思います。

日本の年号が平成に変わって2年目からずーっと家族の一員として過ごしてきました。その間、ここには書ききれないほどの思い出が。それだけ長く一緒にいると、考えてることも、表情も、言いたいことも、全部分かったような気がします。

彼女がこの世からいなくなってしまったことが、辛く悲しいことに間違いはありませんが、僕が想像していたものよりもなんだかさっぱりしています。正直、死んでしまって残念というよりは『お疲れ様』という言葉が一番に思い浮かびます。

たくさんの喜怒哀楽、癒し、和み、安らぎをありがとう。

絶対忘れないよ。

今度帰ったときは絶対お墓参りに行くから降りてきてね。
いつものあのかわいい笑顔で。

本当に本当にたくさんの思い出をありがとう。

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